翌朝――。
あれからあまり寝付けなかったわたしは、あくびをかみ殺しながら廊下に出た。
昨日のことは、なにか悪い夢だと思おう。やや汗ばんだ体にそう言い聞かせて、同じように部屋を出てきた祥子に挨拶をする。
「おはよー、紗穗……って、あれ、どうしたの?」
「うん……昨日ちょっと、眠れなくて」
「えー? 紗穗って枕変わると眠れなくなる人?」
板張りの廊下を歩きながらそう笑いかけてくる祥子は、朝食はなにかと声を弾ませていた。
朝食……茶の間に出れば、きっと涼夏さんがいるだろう。
そう思うと、瞬間的に昨日の光景がフラッシュバックする。
獣のような交合、交される2人の鳴き声――肉と肉がぶつかる、生々しい音。
「紗穗?」
「ぁ……ご、ごめん。ぼーっとしてた」
「もう、しっかりしてよね。ご飯、紗穗の分も食べちゃうよ」
そんなことを言い合いながらドアを開けたわたし達の鼻先を、お味噌汁の良い香りが掠めていく。
既に朝ご飯――これまた立派な御前に並べられている――が並べられたそこに、涼夏さんは昨日と同じように立っていた。
「おはよう、紗穗さん。祥子さん。昨日はよく眠れた」
「私は眠れたけど……紗穗があんまり眠れてないんだって」
「あらあら……今日からは早速巫女役としての神事が始まるから、しっかり休んでおかないと」
涼夏さんはそう言いながら、昨日と同じ御神酒のような液体をそれぞれグラスに注いでくれた。
わたしは彼女と視線を合わせられないまま、一気にそれを飲み干す。
(……あれ?)
昨日よりも、甘みが強い気がする。
起き抜けで頭がしっかりしていないのか、心なしとろみも強くなっているような……。
「巫女役って、具体的にどういうことをするの? 立ってるだけでいいって言われたけれど」
祥子が尋ねる。
涼夏さんは思い出すように顎へと指を当てると、「確かわたしの頃は……」と前置きして話し出した。
「わたしの頃は、巫女役が村の人々に食事を振る舞ってもらっていたわ。元々、歩き巫女が祈りを捧げて、シロウネ様のご加護を約束してくれたっていう昔話があってね。巫女役は、村長さんや漁師さんたちから食事を振る舞ってもらって、お酒を飲んで、その代わりにお祈りをするのよ」
ただの巫女さんではなく、歩き巫女……。
そういう風習があるというのはよく分からないけれど、とにかくこの村のお祭りで、巫女役は出されたものを少しずつ口に含むという、それだけでいいのだという。
「まあ、途中から無礼講で、みんなお酒飲んじゃうんだけど……でも、そうやって人の精気や熱気をかみさまに捧げるとか……そういったところかしら?」
「へぇ……じゃあ、本当に私や紗穗はなにもしなくていいんだ」
「えぇ、そうね。でも……そろそろ村長さんがいらっしゃるわ。昨日のうちに連絡しておいたから――明日の本祭りに向けて、今日は前夜祭なの。食べて飲んで、土地の恵みに感謝したあとは、しっかり今年の豊作をお祈りするのよ」
涼夏さんが、どこかとろんとした目をこちらに向けた。
元々垂れ目がちな彼女だけれど――昨日、あんなところを見てしまったせいか、昨日とはどこか印象が違って見える。
その時、ぽーんと音を立ててインターホンが鳴った。
「隆造さんかな?」
「隆造は、もうお祭りの準備をしているはずよ。きっと村長さんだわ」
そう言って玄関の方へ走っていった涼夏さんを見送りながら、紗穗はグラスに入ったお酒を飲み干した。
「これ、甘くて美味しいわね。いくらでも飲めちゃう! お祭りになったら、いっぱい飲めるかな」
「たしかに、ちょっとフルーツっぽい味するよね。日本酒とかだと、もっとキツいのかなって思ったけど……」
涼夏さんが出してくれる御神酒は、口当たりもよくてとても飲みやすい。
量がないから一口でやめることができるが、これならば確かにいくらでも飲めてしまうだろう。
ただ、やはり相当きついのか――時間が経つにつれ、ふわふわとした浮遊感に襲われる。おちょこサイズのグラス一個でこれならば、度数はかなり高いはずだ。
「この2人が、今回巫女役を買って出てくれたんです――」
ドアが開いて、涼夏さんが戻ってくる。
寝不足に強いお酒を飲んだからか、頭の芯がぼーっとしたままで、わたしは一緒にやってきた男の人に目を向けた。
「おぉ、この2人が? いやぁ、よかったよかった……このあたりも、とんと若い娘さんが少なくなって」
ぐぁん、と、声がぼやけて聞こえる。
横に座っていた祥子もかなり酔いが回っているようだ。
おかしい――昨日は、こんな風じゃなかった。お酒の味がここまで甘いことも、ここまで酔いが回ることも、なかったはずなのに。
「さすが……様の……じゃ」
村長さん――小柄なおじいさんが、ニコニコとこちらを見てなにかを言っている。
その様子に、良子さんもうっとりと頬を染めて――。
「えぇ、きっと、この子達なら立派に巫女の勤めを果たしてくれますわ」
その声を最後に、わたしの意識はぷつりと途絶えた。
● ● ●
「ぅ、ん……」
頭が、痛い。
そしてなんだか甘い――甘い、香りがする。
「祥子……? りょ、涼夏さん……?」
ぎこちない舌で名前を呼びながら、かすむ視界の中で目をこらす。
わずかに痛む体を動かしてみると、自分がどこか古ぼけた建物の中にいることを認識した。
「おいし~ぃ……んはぁっ……! これ、これもっとちょうだぁい? 御神酒っ……祥子の体にかけてぇ……いーっぱい飲ませてぇぇっ……!」
祥子の声だ。
いつものはきはきとした口調ではないけれど、わたしが彼女の声を聞き間違えることなどありえない。
反射的に起き上がると、部屋の隅にいた祥子を見つけ、内心でホッとした。彼女はわたしの側に居る――だが、その姿に、思わず目を見開いた。
「祥子……?」
「あ、紗穗ぉっ!」
彼女は白い装束を身にまとっていた。
初詣なんかで巫女さんが来ている、朱袴に白い装束。
けれど――びしゃびしゃに濡れたその装束は半分ほどがはだけ、そこから彼女の豊かな乳房がまろび出ている。
「な、なに……祥子?」
「ねえ、紗穗にもこれ、飲ませてあげてよぉ……きっととーっても気持ちよくなって、おじさまたちのことも……いっぱい気持ちよくしてくれるわ」
「ねえ祥子――どうしたの、ねえっ!」
祥子は媚びるような目つきで、周囲に立っていた男の人たちに話しかけた、
彼らは皆一様に、手には白い徳利を持って……そしてだれもが裸だった。
反り立った男性器を祥子に向けながら、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのだ。
「おぉ、起きたか巫女様」
「それ気付けに一杯どうだい」
「寝てるうちにヤッちまってもよかったんだがなぁ、しきたりで2人一緒じゃないとってぇんだから面倒だ」
ジリジリとこちらにやってくる全裸の男達――そんな彼らに囲まれて、半裸で幸せそうな祥子の姿。
ぐらりと、視界が揺れる。
「なんで……なんでみんな、ふ、服を……!」
「そりゃあ決まってるでねぇか」
お腹の出た、浅黒い肌のおじさんがそう言った。
手に持っていた徳利が傾けられて、バシャバシャとわたしの頭上から降り注ぐ。
「わぷっ……こ、これ……お酒……」
「巫女様には、これから神事をおこなってもらわなきゃならねぇ。アンタらは、シロウネ様のところに行くんだからな」
「ふぷっ……ぅ……ッ! し、シロウネ……様?」
それはこの村の名前で――この村の、守り神と同じ。
ややとろみのある液体を浴びせかけられながら、なぜだかわたしの体はぽかぽかと温かかった。
口から、鼻から、そして肌から――どろりと白く濁ったそれが、徐々に体を熱く火照らせる。
「んんっ……」
「巫女は処女でなけりゃならねぇが、それ以外なら好きなだけ、好きなことができるんだ。、まあ……そのうち自分からちんぽ欲しがってねだるようになるぜ」
ギャハハ、と、誰かが笑っていた。
それにつられて、小さな建物自体に下品な笑いが起こる。普段なら耳障りだと思うようなそれは、一枚幕が掛かったように遠く聞こえて――わたしは、されるがままに着ていた服を脱がされはじめた。
つづく……
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