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聖贄-02


(これが……名門のワケってことかよ)

 カーストが存在しないクラス――同性ばかりではあるが、確かに居心地はいいだろう。
 転入生の俺に話しかけてくるようなヤツはいなかったが、昼間里塚が話しかけてきたせいか、何人かがちらちらとこちらを見ている。

「……な、なんだよ」
「えっと、九條くんだよね? また明日」
「おう……また、明日」

 優男風の生徒が、こっちに向かってヒラヒラと手を振った。俺はそれに応えながら、朝前山から聞いた話を思い返していた。
 生徒会本部――確か、新校舎にあるとか言ってたはずだ。わざわざ出向くのはなんだか癪だったが、後で寮まで教師が説教垂れにきても困る。

 俺は旧校舎を出ると、新校舎までの道のりを歩いた。敷地が広いから、旧校舎自体もそこそこでかい。それに輪を掛けてでかいのが新校舎なので、たどり着く頃には体にじんわりと汗を掻いていた。

「なんだってんだ、畜生……」

 新校舎は、旧校舎と比べるとまるで質が違う。ヨーロッパの城、っていうと大げさかもしれないが、古ぼけた旧校舎と比べるとそれくらいの差はある。
 中に入っていくのは女子生徒だけで、唯一男子学生服に身を包んだ俺は、まるで珍獣でも見るような視線に晒されながら、生徒会本部へと向かう。

「新校舎の四階、って言ってたよな……ん?」

 朝に前山が言っていた生徒会本部の場所をめざして階段を上っていくと、二階を過ぎたあたりで、俺と同じような男子学生の姿をちらほら見かけた。

(なんだ、普通に男子生徒もいる……ってことは、彼女がこっちにいるってことか?)

 あまり男子に対して好意的な感情を持っているとは思えないこの学園の女子生徒だったが、まあ、その辺は人にもよるのかもしれない。
 階段をぬしぬしと上がっていくと、逆にこちらへ下りてくる男子生徒ともすれ違った。

「……フーッ……、フーッ……」
「……お、おい、どうしたお前」
「ひ、ィンっ!?」

 なぜか、その男子生徒の呼吸はひどく荒い。
 顔も真っ赤になっていたし、なんなら体だって震えている。
 俺は慌ててそいつの肩に手を伸ばしたが、男子生徒は体を大きく震わせてこちらを見た。

「大丈夫か? 体調が悪いのか?」
「な、なんだよ……お前、誰に――いや、どなたに命令されたんだ?」
「は?」
「こ、校外活動だよっ! 里塚みたいに、アンリ様に命令されたのか? それとも、流令院会長か?」

 急に湧いた里塚の名前に、俺は片眉を上げた。
 アンリ様……さっき里塚が言っていた名前も、一緒に出てきた。

「邪魔しようったって無駄だからな! アンリ様のナンバーワンになるのはオレだ」
「わけわかんねーこと言ってんなよ……つーか、アンリ様って……」

 誰だよ、アンリ様。
 四階の生徒会室――そこには、職員室や視聴覚教室のように他の教室は見当たらない。ただ、いかにもな金縁の看板に、生徒会室という文字が彫られているだけだった。

「んんっ……あー、失礼、シマス」
 ノックをするのもかったるいが、ここまで壮麗な造りをしていると蹴り開けるとかいう気も起きない。
 俺はゆっくりと生徒会室の扉を開け、そして絶句した。

「……里塚?」

 そこには、里塚がいた。いや、正確には里塚だけではない。数人の男子生徒が教室の中にいて、その他に数人の女子生徒――前山もいたから、恐らくこいつらが生徒会執行役員だろう――が椅子に腰掛け、優雅に紅茶を飲んでいる。
 いや、違う。それはいい。
 俺が驚いたのは、里塚の恰好だ。

「おっ、総真! やっぱり来たのか」
「あ? いや、つーかお前なんだその恰好……」

 里塚、そしてこの部屋にいる男子生徒は、皆押し並べて裸だった。
 全裸ではないのが救いというか、いわゆるギャルソン風の腰エプロンを身につけてはいるが……上半身は裸だ。しかも、別の生徒の方を見ると、信じられないことに尻がむき出しになっている。つまり、あのエプロンの下は……。

「あ、これ? コレは生徒会活動の時のユニフォームみたいなもんで……あ、でもエプロンは違うぜ? コレはアンリ様所有のモノに与えられるものだから……」
「はぁ? いや、つーかアンリ様って、さっきのやつも……」

 ちょいちょい出てくるアンリ様という名前に、俺はまたしても首を傾げた。
 すると、ティーカップに口を付けていた前山が、スッと立ち上がって俺の前にやってくる。

「前山……」
「前山アンリ。私の名前だ――そして、あちらにいるのが生徒会長。流令院亜梨子エリザベータ会長……九條総真、お前、会長に挨拶をしろ」

 前山は強い口調でそう言うと、早くしろと言わんばかりに顎をしゃくった。
 ほっそりとした面立ちの前山がそうすると妙な威厳があって、鋭い目つきも相まってか逆らえなくなってしまう。

 里塚が言っていた『アンリ様』が前山だということにも驚いたが、上座に座るおっとりとした顔立ちの少女――生徒会長の方を見ると、俺は一瞬息が止まった。

「……あなたが、九條くん?」

 耳に心地良い、鈴のような声だった。

「流令院亜梨子です。エリザベータって呼んでもいいけれど、大体の方はわたしを亜梨子って呼ぶわ」

 柔らかなライトブラウンの髪を伸ばした流令院は、ソーサーにティーカップを置くと、立ち上がって頭を下げた。
 その様子にぼうっとしていると、背後から前山の鋭い声がかかる。

「九條、挨拶!」
「ぁっ、く、九條総真、デス」

 それは、有名な芸術家の絵画を見た時とか、目の前に広がる大自然を見た時に似た感覚だった。
 声が出ないのだ。目の前に立つ、流令院亜梨子エリザベータという一人の少女に対して、なにもできなくなってしまう。いや、このままだと、勝手に床に跪いていたかもしれない。
 それほどに彼女の雰囲気は穏やかで、優しく、妙な魅力に満ちていた。

「九條くん……あなたが、琉夏を助けてくれた方なのね?」
「る、ルカ?」
「松房琉夏――この学院の常任理事である松房安吾理事の一人娘。あなたが暴漢の手から救ってくださったのでしょ? 琉夏から聞いているわ。まるでヒーローのようだったって」

 そこまで聞いて、俺はようやく合点がいった。
 あの日。レ●プされかけていたあの少女が松房琉夏だったのか。そして、俺をこの学園に引き入れたのが父親の松房理事――。

「琉夏はね、わたしの従妹なの。安吾おじさまが大層喜んでいらして……飯島さん、でしたっけ? あなたに暴行事件の濡れ衣を着せた教師の方……あの方を『塔』へお送りになってから、あなたをこの学園に引き入れたと聞いたわ」
「た、確かに俺をこの学校に転入させたのは、その松房ってオッサンだけど、よ……」

 俺の転入の名目は、問題児矯正プログラムの実施という、それこそクソのようなものだった。
 前に通っていた学校の生徒指導教員である飯島が、一連の事件を俺に全てひっ被せ、俺に退学を勧告してきた。いままでダチに助けを求められれば喧嘩にも応じてきたが、俺がダチだと思っていた奴らは全員俺を見捨て、家族でさえも異議を唱えることがなかった。

 そんな中で、突如松房理事が俺の身柄を引き受け、この聖メレニアヌス学園に転入させてくれたのだ。
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