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聖贄-01


 聖メレニアヌス学園――俺が今日から通い始める学校は、とんでもなく辺鄙な山奥に存在していた。
 そもそも、俺は都立の公立学校に通っていたのだが、ちょっとした事情からこの学校に通う羽目になってしまった。

「畜生……ッ、全寮制っていうからどんな田舎だと思ったが……」

 体格は周囲の男達に比べて、勝っている方だと思う。頭はさほど良くなかったが、力は強かった。
 だからよく喧嘩に巻き込まれたし、悪友たちのそれに駆り出されたりもしたものだ。

「飯島のやつ……覚えてろよ……ックソ!」

 悪態をつきながら、校舎へと繋がる坂道を登る。俺のことをこの学校に呼びつけた責任者とやらが、既に荷物を運び入れているらしい。俺が今手に持っているのは、使い慣れた通学用の鞄くらいだ。

「しかし……元々女子校だとは聞いてたけど……とんでもなく広いな……」

 ずんずんと道を歩いていくのはいいが、終わりが見えない。
 元々この聖メレニアヌス学園というのは全寮制の女子校だったらしいのだが、何年か前から共学化し、俺の様に外部からの転入生も少なくはないと聞いていた。

 いや、俺の場合は転入させられたという方が、間違いがないのかもしれないが――。

「……おっ、アレが正門か……ずいぶん歩いてきたな……」

 鬱蒼と茂った森の中に、一本道が通っている。道は整備されていたが、どうにも不気味な雰囲気だった。
 だがそれもしばらく歩いていると、金属製の門が見えてくる。俺はそれを目標にさらに歩みを進め、やがてそのバカでかい門の前で立ち止まった。

「転入生かい? 学生証はもうもらっているかな?」

 職員と思しき男が、にこやかに話しかけてくる。

「おう」

 俺は、事前に責任者から持たされていた学生証を手渡した。すると、職員はまたにっこりと笑って中身をあらため、俺に学生証を戻してくる。

「九條くんだね? 二年C組が君のクラスだ。旧校舎の三階にある」
「あ、あざっす……」

 旧校舎、ってことは、新校舎もあるってことか。
 事前にパンフレットなんかを渡されはしたものの、中身なんてほとんど確認しなかった。
 ゆっくりと開いた門の中に入ると、さっきの職員はすかさず門を閉める。……なんだか、檻のような意匠の門だ。

「旧校舎、旧校舎……っと……おい、アンタ!」

 しかし、門の中は思っていたとおり、かなりの広さだった。確かに校舎は複数あるのだが、それがなんのための校舎なのか、どれが寮でどれが校舎なのかもわからない。
 俺はたまさか近くを歩いていた女子生徒を呼び止めると、旧校舎はどっちかを尋ねた。

「なぁ、旧校舎ってのは……」
「ヒっ……お、男の人……!」
「は?」
「ふ、副会長をお呼びしないと……誰かっ、誰かぁっ!」

 俺が声を掛けた女子生徒は、級に顔を青ざめさせると、大声で人を呼び始めた。
 まさか、不審者だと思われたのか? いや、確かに今俺はこの学園の男子学生服を着ているはずだ。

 なのに、どうして……。

「どうした、なにがあった!」
「ふ、副会長……男の人が……わ、わたしっ!」
「カレン、慌てるな。……悪かったな、転入生。驚かせてしまっただろう」

 女子生徒の叫び声を聞きつけてやってきたのは、金髪の女子だった。細身だが胸が大きく、パッと見Fカップはある……。
 しかも、つり上がった目の色は涼しげなロシアンブルーだ。
 俺はゴクッと生唾を飲み込みたいのを堪えて、頭を掻いた。

「あ、あぁ……いきなりなにがあったのかと……」
「この学園の生徒は、男になれていない女子も多いんだ」

 そう言うと、金髪美女は豊満な胸の下で腕を組んだ。

「私は前山という。この聖メレニアヌス学園で、生徒会副会長をしている者だ」
「あ……九條総真、だ」
「ふむ、九條……九條か……わかった。この学園に呼ばれたということは、ワケアリだな? おおかた、松房理事が強引に転入を進めたんだろう」

 前山の言葉に、俺は胃がズンッと重くなるのを感じた。
 ワケアリといえば、確かに俺はワケアリだ。

「だったらどうすんだよ」
「いや? ただ、お前のような転入生は、一度生徒会本部に顔を出してもらう必要がある。放課後にでも寄ってくれ」

 前山はそう言うと、ひらりと手を振ってきびすを返した。
 だが、俺はそれを呼び止め、旧校舎がどこにあるのかを尋ねる。

「待ってくれ! その……旧校舎の場所を尋ねたいんだが。二年C組なんだ」
「あぁ、旧校舎? それならいちばん左側の建物があるだろう? アレが旧校舎。校舎棟の真ん中に立っているのが新校舎だ。生徒会本部は新校舎の四階にあるから、そっちも忘れてくれるなよ」

 そう言うと、今度こそ前山は新校舎の方へ歩いていってしまった。
 俺は言われたとおりに旧校舎に向かう――が、この旧校舎というのが見るからにボロい。豪華な西洋建築風の新校舎や他の校舎棟とは違い、ここだけは俺が元々通っていた学校に雰囲気が似ていた。
 俺は旧校舎にある職員室に顔を出し、今日から通うことになるクラスへと通された。

「……あ? このクラス――男しかいないのかよ?」

 教師に案内されてやってきた教室で、俺は絶句した。
 共学であるはずのこの学校で、C組は見事に男ばかりだ。男子校にでも転入したのかと錯覚する程度に、女子生徒は一人も居ない。

「あぁ、元々中途半端に共学化した学校でな。男子生徒は旧校舎のC組、それ以外はA~F組……と、C組以外な。それに別れて、新校舎で授業を受けてる」

 教師がむさ苦しいことこの上ないと言って笑っていた。クラスの男子たちも、それにつられて笑いはじめる。

「と、まぁ、女子生徒との接触が禁止されてるとかじゃないから、気軽にやってくれ。九條、お前の席は――」

 席に案内されて、すぐに授業が開始される。
 俺は元々授業なんざ聞く気もないし、俺をこの学校に連れてきた責任者――松房という胡散臭い男のことも、どうでもよかった。
 ただ、そうするしか選択肢がなかったからここに来ただけだ。

「よーう総真!」
「……誰だテメェ」
「俺? 里塚弘太っていうんだ。よろしくな」

 明るく髪を染めた、いかにもクラスの人気者って感じの軽薄そうな男だった。
 俺は舌打ちを決めたが、里塚はそれに気付いてないふりでもしているのか、ニコニコと笑って肩を組み始めた。

「ッ、おいっ」
「お前、なにやらかしてここに来たんだ?」
「ッ……!」
「俺はさ、ちょーっとおイタがすぎて、センセー孕ませちゃったんだよね。一人だったらまだよかったのかもしれないけど、三人くらい」

 里塚がペラペラと勝手にしゃべり出す話題に、俺は絶句した。
 孕ませる……しかも教師を?
 しかも里塚はそのことに対して、さしたる罪悪感も感じていないようだった。

「それで色々問題起こしちゃったんだけど、ちょうどアンリ様に拾ってもらってさ……お前もどうせそのクチだろ? 誰なんだよ、お前のご主人様って」
「アンリ、様? いや、なに言ってんだお前……」

 確かに、問題らしい問題は起こした覚えがある。
 こんなナリだ。喧嘩は毎日のようにしてたし、半年前のあの日だって、仲の良いダチに頼まれていわゆる殴り役をしていた。ただ、制御が効かなくなっちまって――気がつけば、俺はこの学園への転入を決められていた。

「へぇ? 制御が効かないって、なんで?」
「……レ●プ、見ちまったんだよ。多分アレ、薬とか使われてたな。寝てる女の服を脱がそうとしてた……ただ、それに無性に腹が立って、それで……」

 誰かが助けてくれと叫んでいたが、俺の手は止まらなかった。
 殴って、蹴って、ぶん投げて――あの女子が無事に助かったのかは知らないが、気がついた時、俺は病院のベッドの上にいた。

「へぇ。なるほど……じゃあまだご主人様もいないわけ、か」
「つーかなんだよそのご主人様って」

 里塚のヘラヘラした顔が気にくわなくて軽く小突くと、ヤツはにやっと笑って肩を竦めた。

「そのうちわかるさ。この学園で生活してたら、ご主人様がいないほうが辛いぜ? 俺でさえ野良は泣き叫ぶほどしんどかったし……」

 なにがご主人様だ、きもちわりぃ。
 俺は半分里塚の言葉を無視して、黒板に向き直った。
 授業なんて聞く気もないし、誰かとつるむつもりもない。この学園に編入となった時点で、松房は俺に関わる交友関係を全て断絶させていた。
 いや、友人だけじゃない。松房は俺から家族をも取り上げ――そして、更正という名目で俺をこの学園に突っ込んだのだ。

「……クソっ……」

 腹立たしさを抱えたまま一日の授業を終えると、里塚はそそくさと教室を出ていった。
 クラスの半分くらいは俺みたいな、見るからに問題を抱えていそうな男達ばかりだが、残りの半数はごく普通の学生だろう。

 だが、珍しいことによくあるスクールカーストみたいなものは見受けられない。こういうナリをしていると、そうした階級を見分けることにもめざとくなるもんだが、このクラスでは気弱そうな生徒がヤンキーに課題を教えていたり、力に自信がありそうな生徒が虚弱っぽい生徒のために荷物を持ってやったりと、ある程度共存しているように見える。
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